提言発行にあたって
2024年1月1日に能登半島地震が発生した。まずは、多くの被災された方々、亡くなられた方々にお見舞いと哀悼の意を表したい。また、復旧・復興にご尽力されている皆様及び日頃より防災や災害対応に携わられている皆様へ感謝と敬意を表したい。我が国は、世界的に見ても自然災害が多く、地震、火山、台風、豪雨、豪雪等、その種類も多様である。これらの自然災害は継続的に発生し、私たち日本社会は今後もこれらに対応する必要がある。
一方、20世紀後半から今世紀にかけて、情報通信技術やデジタル技術の進展は目覚ましく、我々の社会や経済を大きく変えるだけでなく、こうした自然災害対応にも用いられるようになっている。特に我が国では、2011年の東日本大震災以降、これまでのテレビやラジオなどの放送だけでなく、インターネットや携帯電話網、クラウドや携帯型端末、IoT(Internet of Things)技術、デジタルデータを用いて、防災や災害対応を行う取り組みが見られるようになってきた。これらの方法は、その有効性に大きく期待を集め、まだ不十分な点が残存しているものの、その成果が見られはじめている。また、こうした可能性が認識されることで、デジタル技術コミュニティーなど、これまで防災や災害対応に従事してこなかった人々や組織が、防災や災害対応に寄与しようという機運が高まってもいる。
さらに、今後の我が国では、南海トラフ地震や首都直下地震のような、国家存亡の危機に至るような甚大な被害も想定される超大型災害にも備えていかなければならない。こうした大規模災害では、行政の力にも限界があり、政府・自治体だけでは防災や災害対応が十分にできないことも明らかになっている。つまり、公助・自助・共助のすべてを駆使して対応せざるをえない。従って、こうした事態には、産官民といった立場が異なる多くのステークホルダーが連携して防災・災害対応にあたる必要がある。
一方、防災や災害対応において「ソフト対策」は重要である。現実の社会と技術を前提とすると、すべてをハード対策に依拠することは不可能である。例えば、津波を防ぐためには、コンクリート建造物である高い堤防を構築するハード対策は有効である。しかし、それを1,000年に一度想定される津波に対応する高さまで堤防を構築するのは、あまりにコストが高すぎ、現実の経済の中で実現することは難しい。即ち、経済性の高い方法として、安全な高い場所へ避難誘導するソフト対策を組み合わせて対策を行うことが適切な場面も出てくる。
こうした、ソフト対策の中心となる資源がデータである。データを用いて、適切な情報を国民に提供し、これによる行動変容や適切な避難行動が行われることによって、被害を小さくし、復旧・復興を効率化することが期待されている。データがあったからこそ、人命が救えた、被害を減らすことができた、という場面はこれまでもあったし、今後も多く出てくる。様々な理由でハードウェアによる対策の代わりに、データを用いて、それを共有し、適切な行動をとるソフト対策で、対応できることもあるであろう。従って、防災や災害対応に必要なデータを整備することは、経済的な限界を超えて、低コストで人命を救い、被害を減らし、復旧・復興を早めるために重要である。
日本ではこれらのことは、十分に認識されており、すでに防災・災害対応に資するための様々なデータが整備され、また災害時の提供も行われている。これらの取組みに関して深い敬意を表すべきである。一方で、技術的な観点も含めて、いくつかの課題が原因となり、折角のこうした取組みが、実際の防災・災害対応の場面で十分に活かすことができていないことも、また事実である。そこで、データを利活用して実際に災害時における情報提供を行っている者として、これらの課題を解決することを目指して、2023年に「使いやすい防災データPF研究会」を東京大学大学院情報学環内に設立した。これまで、データを十分に活かすために、どのような課題があり、どのようにすればそれを解決することができるかということを、産官学の皆様と協力して議論を重ねてきた。本書は、その議論の経過をまずはとりまとめ、提言という形にしたものである。まだ、議論をはじめて1年程度であり、課題の認識や、また特にそれを解決すべき方法論に関しては、議論が十分に尽くされていないところがある。課題は顕在化しているものの、それを現実的に解決する方法が得られておらず、課題が言いっ放しのところもある。しかし、今後において更に議論を深めるためにも、これまでの議論を提言として整理した。提言発行にあたってご協力頂いた皆様に深く感謝申し上げたい。
越塚登
東京大学大学院情報学環
提言目次
1.研究者
- 「使いやすい防災データ整備にむけて」
東京大学大学院情報学環 教授 越塚 登 - 「使いやすい防災データ」
東京大学大学院情報学環総合防災情報研究センター 教授 関谷 直也 - 「使いやすい防災データの整備がもたらす災害対応の将来像」
東京大学東京大学先端科学技術センター 教授 廣井 悠
2.メディア
- 「伝え手視点での防災データの現状の課題洗い出し」
LINEヤフー株式会社Yahoo!天気・災害企画 堤 浩一朗 - 「データは他のデータと統合して初めて役に立つ」
ゲヒルン株式会社代表取締役 石森 大貴 - 「データは個人に響くものに、そして全体として統一したものに」
日本放送協会メディア戦略本部 柴田 健剛
3.そのほかの研究会メンバーの声
4.あとがきに代えて~使いやすい防災データの未来~
5.活動記録
6.資料(別紙あり)
ダウンロード
資料2:伝え手視点での防災データの現状の課題洗い出し_付表(LINEヤフー 堤)
使いやすい防災データPF研究会メンバー
発起メンバー
- 石森大貴(ゲヒルン株式会社)
- 越塚 登(東京大学 情報学環)
- 柴田健剛(日本放送協会)
- 堤浩一朗(LINEヤフー株式会社)
- 吉田 景(日本放送協会)
参加メンバー
- 関谷直也(東京大学 情報学環 総合防災情報研究センター・教授)
- 廣井 悠(東京大学 先端科学技術センター・教授)
- 内閣府
- 総務省
- 国土交通省
- デジタル庁
- 防災科学技術研究所